西川小学校/西川中学校(梼原町)  にしかわ   へき地級1(1978)
  檮原村立西川小中学校として併設校で設立。梼原町立に改称後、梼原小学校と梼原中学校へそれぞれ統合

  1958(S33) 1963(S38) 1968(S43) 1978(S53) 1998(H10) 2004(H16)
在籍児童数 153  143  99  40  34  16 
在籍生徒数 81  97  63       


 

 西川小中学校跡へは梼原町中心部から国道197号線を愛媛県境へと走り、3km少々走ったところで右手の旧道へと入る。四万川を渡り右折して1km少々で右岸(下流からは左手)に見えてくるのが西川小中学校跡である。もっとも休校となって間もないので跡というのはまだ気が早い。西川小中学校は併設校として設立され、当初の児童生徒は9年間をここで過ごしていた。過疎化と老朽化に加え町内の中学校再編計画もあって中学校が1971(昭和46)年に梼原中学校へと統合された。西川小学校の歴史は1880(明治13)年の檮原尋常小学校西郷分校に始まっており、まず1884(明治17)年に宮野々尋常小学校として独立しその後西野川への移転改称を経て1899(明治32)年に現在地に落ち着いた。宮野々尋常小学校時代には上成分校の所在も確認されており、後に独立して上成小中学校となっている。当初の西郷分校時代から127年、西川移転後からは108年の2007(平成19)年3月をもって梼原小学校へ統合されその歴史を閉じた。



 訪問は2008(平成20)年9月、そういえば雪のない季節に檮原町の休廃校を訪ねるのはこれが初めて。廃校後まだ一年半ということで、一見するとまだ校舎から児童が飛び出して来そうな雰囲気が残っている。しかしよく見れば教室の窓はすべてカーテンで閉じられており、静けさが漂っている。上の全景写真左端にある体育館脇に西川小中学校という校名入りの校門が残っている。近くの方に聞いたところ、中学校統合時に建て替えられたが記念碑代わりにこの校門は残したという。

体育館脇に残る校門

 最盛期には小中併せて300名近い児童生徒の在籍があったというが現在は校区内16名の児童生徒がいる。当初の予定では当面廃校とせず、不登校児童の受入などを模索していたが町内に残る他の3小学校の統合も避けられないこととなり休校即廃校となった。西川小学校の廃校で四万川沿いに10校あった小中学校も今では四万川小学校を残すのみとなった。