八束小学校名鹿分校(四万十市=旧中村市)  なしし
  旧八束村立八束小学校分校として開設、合併で中村市立に改称後、1971(S46)年に本校統合
 

 名鹿分校跡へは中村市街地から国道321号線を南進し、途中右手に統合された八束小学校を見ながら進む。間崎信号にて県道343号線に入り5kmほど進んだ高台に名鹿分校跡がある。県道から400mほど入るが、一体は個人所有地となっているので詳細は省く。
 訪問したのは2008(H20)年8月、所有者の家族がいたので写真撮影とWeb掲載について許可をいただく。記念碑などは一切残っていないそうであるが、教員住宅がそのまま倉庫に使われていて手つかずのままだと教えてくれた。校舎は北方向に展望の開けた高台にあったそうで、たしかに四万十川河口から北が一望できる眺めであった。
校舎のあったあたり
 最盛時には20名ほどの児童がいたもよう、現在は3名。統合理由は過疎少子化・老朽化によるもので特に地元からも反対意見はなかったそうである。主な産業は半農半漁といえる兼業体制だったそうだ。名鹿海岸にはキャンプ場ができており、ペンションも開業している。ただ海水浴には波が荒く、もっぱらサーフィンでの呼び込みを図っているそうである。県道も間崎から名鹿海岸までは2車線整備が終了しており、走りやすくなっている。
教員住宅跡