久通小学校(須崎市)  くつう   へき地級2(1978)
  多ノ郷村立多ノ郷東小学校として設立、のち須崎市立久通小学校へ改称後に1993(H7)年横浪小学校へ統合

  1958(S33) 1963(S38) 1968(S43) 1978(S53) 1992(H6)
在籍児童数 51  49  36  11 


 久通へは須崎市中心部もしくは四国自動車道須崎東ICから横浪半島に向けて走る。10分ほど走るとトンネルがあるがその手前を左に入り、トンネルの上を走りヘアピンカーブの連続する坂道を海に向かって急降下した先にあるのが久通集落である。
 1950年代には集落全体で250人近い人がいたが、現在は100人を少し越える程度になている。児童生徒も最盛期には52人いたが、1993(平成7)年の休校時には3人にまで減っている。ただ現在も児童生徒がいるので児童は横浪小学校、生徒は朝ヶ丘中学校にそれぞれスクールバスで通っている。

 

 訪問したのは2002(平成16)年2月。1875(明治8)年に創設された学校は120年余の歴史を持つ。休校が1993(平成7)年で廃校が1997(平成11)年と比較的短かった久通小学校だが、現在は取り壊されて集落センターが建てられている。当時の校舎位置はもう少し山際に寄っていて細長かったそうだ。左側の写真で時計の下の石段が校門、右半分は校庭だったとの事。漁港で話を伺うと、「今は漁業で食っていくのは無理。若い連中はみんな外へ働きに出よるがそのうちに結婚してここを出て行く。」と言う。作者が降りてきた坂道を指して「あれは50年ぐらい前に部落総出で手堀りで作った道路でねえ、それまでは山越えで2時間かけて須崎市まで行くか、船で行くかじゃった」と教えてくれた。
 校歌にはいかにも漁村らしい言葉が散りばめられている。久通のある横浪半島沖は好漁場で、黒潮にもまれて育った鯛や伊勢エビは今でも高価格で取引されているそうだ。数が少なくなったのでなかなか漁業一本では生計を立てられないのが後継者のいなくなった理由らしい。

久通小学校校歌
1 黒潮おどる磯の音を きいて育った海の子の
  世界にはばたく学びの舎 栄あるわれ等久通小学校
2 入江にならぶ大漁旗 ながめて学ぶ海の子の
  希望に輝く学びの舎 栄あるわれ等久通小学校
3 観音堂の見える窓 明るく育つ海の子の
  未来をになう学びの舎 栄あるわれ等久通小学校