久喜小学校(吾川村) くき
旧大崎村立久喜小学校から合併で吾川村立へと改称後S41年休校
吾川村大崎で国道33号線を左折し吾川中学校前を通って仁淀川を渡り右折、5分ほど走ると久喜集落に着く。集落のほぼ中心地に久喜小学校跡がある。
生徒数 | 1945(S20) | 1955(S30) | 1965(S40) | 1966(S41)閉校時 |
久喜小学校 | 96 | 66 | 34 | 27 |
久喜小学校跡
訪問は平成16年の1月、小雪の舞う中、校庭跡に佇む。桜の木が数本、春になれば子供のいない校庭に桜吹雪が舞うのだろう。近くの工事用なのか、建設会社のプレハブ小屋が校庭の隅に建てられている。この久喜集落もこのサイトを作らなければ恐らく来ることのなかった場所である。見渡すと茶畑が多いが、ところどころ唐突に杉林がある。どう見ても不自然な場所だが、おそらくこの集落を出て行くときに畑あるいは家の跡に植えたものではないかと思う。現在、高知県内の山間部ではこのような形で植えられた杉檜が生長しすぎたため、残っている耕作地や人家に対して日照不足という問題が発生している。しかし伐採しようにも手入れのされていない杉檜は二束三文で、切るだけで赤字になるのである。集落と言うほどの家が見えないが、そういう観点で見渡すとここにかつて100人近い児童がいたことはまんざらおとぎ話でもないようだ。