三瀬中学校(伊野町) みつせ へき地級特(1978)
旧三瀬村立三瀬小学校として設立、合併で伊野町立改称後、2001(H13)年に休校、のち2019(R1)年廃校)
1958(S33) | 1963(S38) | 1968(S43) | 1978(S53) | 1998(H10) | |
在籍生徒数 | 117 | 123 | 67 | 45 | 16 |
伊野町中心部から国道194号線を仁淀川沿いにある神谷小中を見ながら、中追渓谷への分岐を過ぎ、沈下橋を左手に眺めながらさらに走った先に三瀬中学校がある。すぐ上流の柳瀬小学校と同じく、校舎と校庭が国道を隔ててあるのが特徴である。
三瀬中学校(写真中央のガードレールが国道)
訪問は2004(平成16年5月)、連休の行楽客がひっきりなしに通っている。この国道194号線もかつては酷道と揶揄された時代があったが、現在では瀬戸内海の愛媛県西条市と完全な2車線で結ばれ、大きく様変わりをした。
三瀬という地名はこの付近にはなく、地元の話では校区内に勝賀瀬・楠瀬・柳瀬という地名があるので、それを併せて三瀬と呼ぶらしい。中学校のある場所は楠瀬になる。学校のすぐ横には砂利採集施設があり、大きな音を出して操業していた。実際に授業中も窓を開けられない日が多かったそうだ。
瀬という名称からもわかるように、この付近の仁淀川は急な流れと複雑な流れが絡み合い、場所によっては10m以上の深さもある。作者は近年何度もこの付近をカヌーで下る機会があるが、その水質・川の豊かさは清流で名高い四万十川を間違いなく凌ぐ。林業・楮三椏・炭焼きが主な収入源だったが、経済サイクルの変化と道路事情の改善は人が去るだけなのはここも変わらない。