上尾川小中小学校(安芸市)  かみおがわ   へき地級2(1978)
  旧畑山村立上尾川小中学校として設立、合併後に安芸市立となり1987(S62)年に小学校、1990(H2)に中学校が休校。
 

児童生徒数の推移

1955(S30) 1960(S35) 1965(S40) 1970(S45) 1975(S50) 1980(S55) 1985(S60) 1990(H2)
児童数(小学校) 43 48 29 18 16 7 3
生徒数(中学校) 19 18 21 12 6 9 2 2

 上尾川小中学校は旧畑山村の南西部に位置する。栃の木から県道29号安芸物部線を尾川川沿いに遡ること6kmで左手に3階建ての校舎が見えてくる。運動場は川向こうに橋を渡って出入りすることになっている。この川を遡ると夜須町に出るがかつて仲木屋分校があったあたりである、もっとも県道は上尾川小中学校からすぐ先で途切れており川沿いにあった往還道も今は藪に消えつつあるそうだ。

 訪問は2009(平成21)年1月、学校手前の民家で話を伺うとこのあたりは炭焼きで生計を立てていた家が多く植林は少ないという。言われてみると川沿いには植林はほとんどなく雑木林が広がった植生である。もっとも林業に従事する人も多く、馬路村や徳島県へ出稼ぎに出ていたという。まわりの山の中腹に棚田を持っている家が多く、自家消費用の米を作っていたが今はほとんど藪に還ってしまった。


 校区は上尾川と下尾川の2集落、栃の木に学校があった時期には下尾川尾川の下流から通うケースもあったそうだが早くに学校がなくなったのでその実数は不明。上尾川小学校は1987(昭和62)年に休校となったままで廃校手続きにならず21年経過している。これは高知県内の小学校でもっとも長い休校(2番目は翌1988年休校となった大月町立芳ノ沢小学校)。上尾川中学校も18年間休校となったまま、こちらは県内2番目(一番は1988年休校のいの町立中追中学校)。直後の1990(平成2)年に休校となった畑山小中学校は1996(平成8)年に廃校となっており、休校となったままの上尾川小中学校ほか旧畑山村にあった5小4中(分校含む)学校はすべて消えてしまった。
 その後卒業生の方からメールをいただいて、いくつかの点を教えていただいた。現在の鉄筋コンクリート校舎になる前は小中学校の校舎は別れており、今の運動場の位置にあったそうである。手前に中学校、奥に小学校の校舎がそれぞれ建っていたそうだ。小学校の修学旅行は栃の木・畑山・上尾川の3校共同、中学校は畑山・上尾川で共同、要するに旧畑山村の学校が共同で修学旅行に行っていたようである。早くに統合された栃の木中学校もおそらく同様に修学旅行を共同で行っていたのではないかと思われる。