羽尾小学校(夜須町=現香南市)  はお
  東川村立羽尾小学校分校として設立、分村合併で夜須町立に改称後1977(S52)年に夜須小学校に統合
 

  1957(S32)  1963(S38)  1968(S43)  1976(S51) 
児童数   43 26 


 羽尾小学校の歴史は1874(明治7)年まで遡る。1882(明治15)年にいったん九重小学校の分教場となったが1898(明治31)年に再び独立校となった。その後学制変更を経て戦後は東川村立羽尾小学校となった。東川村の分村編入によって1955(昭和30)年に夜須町立に改称され、1961(昭和36)年には急激な過疎化の進んでいた仲木屋分校を統合した。羽尾小学校自体も過疎化が進み1977(昭和52)年に廃校となり夜須小学校に統合された。その後羽尾小学校跡は放置され荒れるに任されていたらしいが、1995(平成7)年に取り壊された。

 羽尾小学校(取り壊し寸前)

 現在の羽尾小学校跡(大釜荘)

 訪問は2015(平成27)年3月、HEYANEKOさんとの同行となった(実は2010年にも訪問しているのだが写真データを紛失)。跡地にはログハウス造りの大釜荘という宿泊施設が建てられて地元の方が管理されている。素泊まりの宿泊施設だが日中は管理人がいてコーヒーを飲むことができる喫茶店になっている。羽尾地区は安芸市畑山地区と似たような雰囲気があり、山中に突然開けた穏やかな平地である。とはいえ海岸部からは15キロを40分近くかけて走るしかない。
 閉校時点で在校生が残っており、夜須小学校まで通学していたそうである。1950年代には250名近くいた校区内(仲木屋校区除く)住民も今は20名足らず、当然児童生徒数はゼロである。平地があって水も豊富なので自家消費用の米が栽培できたため、比較的過疎は緩やかに進行したのだろう。それでも生計の中心となる林業・炭焼きがダメになったので若い世代から徐々に山を下りていった。